SS・神様の差配

ショートショート・神様の差配

 僕は心底から神様を敬愛している。毎日 多くの時間を使って神様に祈りを捧げてきた。
 仕事は低収入だけど、拘束時間が少ないおかげで祈りの時間をたっぷり確保できたので、不満は全くなかった。だから、高給を約束したヘッドハンティングの話が何度 来ても、僕は すべて断った。祈りの時間を削るわけにはいかなかったし、贅沢は信徒に相応しくない。僕としては当然の判断だ。
 街で評判の美女に求婚された時も断った。女に溺れるなんて、信徒にあるまじきことだ。欲望は祈りの邪魔でしかない。綺麗な体のまま僕は天に召されるのだ。
 そのうち僕は聖者として有名になった。権力者が僕に取り入ろうとして、様々な贈り物を持参して会いに来た。贅沢を忌避している僕は、贈り物をすべて教会に寄付した。
 選挙に打って出ないか、と誘ってくる者も出てきた。もちろん断った。
 いい加減 僕は うんざりしてきたので、他人との接触を一切拒否して山奥に隠れ住み、そこで存分に祈りを捧げた。
 そして数十年後。僕は老衰で息を引き取った。

 あの世で幽体として目覚めた僕を天使様が出迎えてくれた。
 僕は感激した。
「おお、ようやく神様の元へ行けるのですね。ぜひ、御前で感謝の言葉を述べさせてください」
 すると天使様は苦笑した。
「いやいや、お前は地獄行きだからさ、天国の神には会えねえよ」
「僕が地獄行き……?」
「本当は天国行きだったんだけどなぁ」
「で、では、なぜ」
 天使様は面倒そうに答える。
「なぜって、お前さ、神の慈悲に対して散々シカトこいたろ」
「何を仰っているのですか? 僕は様々な欲望を捨て、一生を掛けて神様への祈りを捧げてきました」
「それだよ。神はお前の信仰心に報いてやろうとしたんだ。なのにお前、稼げる仕事に就く機会を作ってもらっても断るし、美女に愛されるようにしてもらっても振っちまうし、権力への階段を用意されても上ろうとしない。神も呆れて『なんやねんアイツ』って言ってたわ」
「え? 神様は関西弁をお使いになられるのですか?」
「今のはテキトーに再現しただけだ。一字一句まで完全に同じなわけねぇだろ」
「あ、はい」
「つーわけで、お前は地獄行きな」
「その、他には何か仰っていませんでしたか?」
「あ?」
「僕に関して神様が仰っていたことがあれば、お教え願いたいのです」
「あー、まあ、そうだなぁ」
 天使様は少し迷ってから言葉を繋げる。
「いつもならガン無視するところだが、今回は特別に答えてやるとするか。たまには気紛れも良いだろう。ありがたく思っとけ」
「はい、ありがとうございます」
「しっかし、知りたいのはそんなことか? 地獄はどんなところなのかとか、いつまで地獄行きなのかとか、もっとこう、切実な問題があるだろ?」
「確かにそれも気になりますが、僕には神様のお言葉の方が重要なのです」
「どうしようもねえな、お前は。そりゃ地獄行きにもなるわ。ま、いいや。他の言葉ねぇ。教えてやるよ。『はぁー、アイツは もうええわ』。こんな感じだったな。吐き捨てるように言ってたぞ」
「吐き捨てるように……」
「少しは信仰心が揺らいできたか?」
「いえ、地獄へ行っても祈りを欠かすつもりはありません」
 僕は胸を張って答えた。
 天使様は呆れているようだった。

 宣言通り僕は祈り続けた。あらゆる苦痛に苛まれる地獄にあっても決して信仰を捨てなかった。そのような自分を誇りに思い、ますます夢中で祈るようになった。
 そんな中、ふと思った。
 僕は生前、あらゆる欲を捨ててきたが、しかしそれは、無欲を貫くことで自己満足に浸っていただけではないだろうか。
 その証拠に、当時よりも今の方が僕の心は充足感に包まれている。苦しい状況に陥れば陥るほど満たされるものがあるのだ。
 とすると……。
 神様はすべてお見通しだったのかもしれない。生前の誘惑も、僕が拒否することを前提としていたのだとしたら筋が通る。断ることによって僕は自分の無欲さを再認識していた。浸っていたと言っても良い。それこそが神様の狙いだったのではないか。であるならば、地獄送りになったのも同じ理由だろう。
 しかし、気付いてしまった以上、これから僕はそのことを常に意識してしまう。今後の自己陶酔は難しくなるに違いない。
 あとに残るのは地獄の苦痛だけということになる。このままだと、とんでもなく恐ろしい事態に陥ってしまう。
 けどまあ、たぶん大丈夫だろう。余計な記憶を消し去れば良いのだ。
 当然ながら自力では不可能だが。

 そこまで考えた時、天使様が降臨した。
「おう。どうよ、最近は」
「今まさにお救いを求めようとしていたところです、天使様」
 奇跡的なタイミングだが、むろん驚くには値しない。僕のことを何でもお見通しの神様のことだ。救済のタイミングだって誤るはずはない。
「で、何を望む? 神はふたつの選択肢をお前に与えるってよ。ひとつは天国行き。今から連れて行ってやる。もうひとつは幽体のリセット。死んだ直後の状態に戻してやる。どっちにすんだ?」
 そう尋ねながらも天使様は僕の返答をすでに察しているようだった。いつかの呆れ顔になっている。
 僕としても、誇ってばかりはいられない。記憶を消してもらった後は、また天使様に面倒を掛けてしまうことになるわけで、申し訳ない気持ちで いっぱいだ。
 これが初めての記憶消去だという保証はどこにも無いのだから、尚更である。


神様の差配・あとがき
 ショートショートは どうにも自己評価が難しいですね。
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