SS・仮想タイムマシン

ショートショート・仮想タイムマシン

 俺の人生は無計画の一言に尽きる。
 20代の頃は実家に寄生していて、たまに日雇いの仕事をするだけで、月の半分は遊んでいた。
 やがて父親が定年退職して、俺も30歳を越えると、先行きに不安を感じるようになった。けど、それでも何もせず ただ日々を過ごしていた。
 俺が40歳を越えた頃、両親が死んだ。相続絡みで色々あって実家は手放した。手元には ほとんど何も残らなかった。
 自分で生活費を稼ぐ必要に迫られ、ようやく俺は本格的に焦り出したのだが、すべては遅かった。職歴の無い40代が定職に就くのは難しい。将来の展望は何もないまま、パートの主婦や長期休みの大学生と並んでライン作業を こなす毎日を送った。
 45歳の時、同級生の現況をふと想像して、俺はこれまでの生き方を後悔した。20代のうちに定職に就くべきだった。少なくとも30代の時に焦るべきだった。なぜ、もっと危機感を抱かなかったのか。
 俺は泣いた。40代のおっさんが安アパートで ひとり泣き濡れる。あまりにも情けない自分を認識すると余計に泣けてきた。
 もはや どうにもならないことだった。何もかもが遅かった。先の見えないアルバイトで、死ぬまで食い繋ぐしかない。
 後悔の念を20代の頃に抱いていれば、こんなことにはならなかっただろう。タイムリープでもして昔に戻ることができれば、今よりマシな人生を歩めるはずだ。いや、そこまでは言わない。20代に戻りたいなんて贅沢は言わない。せめて30代の頃に……。
 そこまで考えて俺は溜息を吐く。馬鹿げた仮定だ。タイムリープ理論は数年前に発表されたが、有力な説だと、実用化は300年以上先だと言われている。仮に大幅短縮されて100年先になったとしても、俺は確実に死んでいる。そもそも一般人は利用できないだろうし。
 好きな夢を見ることができるサービスなら すでに普及していて、無理をすれば俺でも手が届くのだが。

 目が覚めると睡眠カプセルの中だった。
 すぐに上部が開いたので俺は体を起こした。
 若い女が駆け寄ってくる。
「おはようございます、お客様」
「え?」
「お疲れのようですね。しばらくご休憩なさいますか?」
「い、いや、大丈夫」
 俺は立ち上がり、ふらつく足でカプセルから出た。
 ……だんだん現状を認識できるようになってきた。
 そうだ。俺は25歳。フリーターのまま数年が経ち将来に不安を覚えた俺は、両親の薦めもあって、この『夢操作』を利用したのだ。
 夢操作。自在に夢を見ることができるサービス。
 複数のコース設定があり、客は自由に選べる。たとえば、『ファンタジー』コースだと、非現実的な世界で怪物と戦うことができる。
 他にも色々あるが、俺が選んだのは『仮想タイムマシン』コースだった。現実にあった過去か、今後想定される未来。そのどちらかを夢の中で体験できるというサービスだ。
 過去の方は、自分の記憶を元にして作られるから、現実とほぼ同じものが再現されるが、未来の方は、まあ、ただのシミュレーションと言ってしまえばそれまでだ。とはいえ、リアル感は凄かった。実際、目が覚めるまで俺は本当に自分が45歳だと思っていた。
 45歳の俺は、咽び泣くほど後悔していた。20代に戻ることさえできれば、と何度も思った。せめて30代でも良い。そう強く思った。
 それが今はどうだ。俺はまだ25歳なのだ。
 まるで、20年後からタイムリープしてきたような気分だ。死ぬほど願った想いが本当に叶えられたようなものじゃないか。
 俺は固く誓った。ここからやり直すんだ。あんな未来は回避してみせる。
 支払いは親の金で済ませた。今の俺にはとても払えない額だ。いつか恩返しをしようと思う。
 店を出ると太陽が眩しかった。
 手で目を庇いながら上空を見る。
 快晴だった。
 今なら何でもできるような気がした。

 目が覚めると睡眠カプセルの中だった。
 すぐに上部が開いたので俺は体を起こした。
 若い女が駆け寄ってくる。
「おはようございます、お客様」
「え?」
「お疲れのようですね。しばらくご休憩なさいますか?」
「い、いや、大丈夫」
 俺は立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。仕方なく店員の手を借り、ゆっくりとカプセルから出る。
 ……だんだん現状を認識できるようになってきた。
 そうだ。俺は65歳。身寄りも無く年金も貰えず、警備のアルバイトでなんとか飯を食っている。
 とっくにブームが過ぎ去ったこの『夢操作』だが、俺は今でもたまに利用する。コースはいつもの『仮想タイムマシン』。設定はもっぱら過去である。見るべき未来なんて65歳の俺には無い。
 ろくな人生を送ってこなかった俺が唯一 輝いていたのは、初めて『夢操作』を利用した25歳の時だ。あれから俺は、『仮想タイムマシン』で見た未来とほぼ同じ道を辿ったが、あの時は やり直せると信じていたし、希望に満ち溢れていた。
 今の俺は、当時の充実感を追体験することだけを楽しみに生きている。
 店を出ると強烈な日差しが襲ってきた。老いた体に夏の炎天下は辛いものがあった。少し歩くだけで全身が汗まみれになり、息が上がる。
 どこか適当な店に入ってアイスコーヒーを飲みたいところだが、我慢するしかない。気軽にそんなことができる程の金銭的余裕はない。『夢操作』は40年前と違ってだいぶ安くなったが、バイト暮らしの身にはそれでも負担が大きい。
 次に利用できるのは いつになるだろうか。額の汗を頻繁に拭いながら俺はそればかり考えていた。


仮想タイムマシン・あとがき
 気分転換とブログ充実のため、気が向いた時にショートショートを書くことにしました。更新は不定期。積極的にネタを考えるのではなく、何か思い付いたら書くという感じで。
 今回は、テレビドラマの『世にも奇妙な物語』っぽい雰囲気を意識してみました。
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