『日本語の作文技術』について

 語順や読点の有無には必ず根拠が必要です。根拠が無ければ運任せと同じであり、時には悪文(分かりにくい文章)を連発することになります。
 では、悪文を避けるためには、どのような根拠に基付けば良いのか。それを教えてくれるのが、『日本語の作文技術』(著者・本多勝一)という文章指南本です。分かりやすい文章と分かりにくい文章の違いを論理的に説明してくれます。

 多少 古い本ではありますが、現在に至っても売れ続けており、私が見聞きした限りでは読者の評価も相当に高いようです。
 すでに文章を仕事にしている人でも、「この本に触れて意識が変わった」なんて例があるらしいですね。

 とはいえ。
 文章関係の本に今まで触れてこなかった人が一度や二度 読んだだけで理解できるような内容ではありません。
 本書に載っている基本原則だけを見れば「なるほど!」と思えますし、それだけで理解できたような気になったりもします。しかし、文章構造を分析する段階まで読み進めると、途端に訳が分からなくなります。
 構造分析をしないと基本原則の応用は不可能なので、これを理解できない限り、収穫は無いも同然です。
 難解な本だと言わざるを得ません。

 それでも、本書にある『修飾に対する考え方』は非常に有用であり、苦労を重ねてでも読み込む価値は充分にあると思います。
 この『修飾に対する考え方』について、私なりに説明してみます。

※ここから先の文章論は『日本語の作文技術』を参考にしていますが、具体的な細かい説明は完全に私の主観で書いています。ですので、以下の記述が的外れである可能性は否定できません。これは別に謙遜ではなく、本心からの言葉です。私の中における文章論は未だ発展途上であり、非常に移ろいやすく、半年後には真逆の主張をしていてもおかしくありません。実際、今まで何度も変節してきました。そのことを御承知の上で読み進めてください。

 では始めます。

 すべての文章は、たったふたつの要素に分類できます。『述語』と『補足』のふたつです。
 『述語』とは、動作や状態などを述べている語のことです。基本的に文章の最後尾にあります。
 『補足』とは、述語の補足説明のことです。述語以外のすべて(主語・修飾語・その他)を含んでいます。(補足は正式名称ではなく私が仮に名付けているだけです)
 たとえば次の文章を見てください。

>>毛嫌いしていた公爵の前でドレスを脱いだ。
 この文章における述語は『脱いだ』です。
 補足はふたつだけ。
 ひとつめは『毛嫌いしていた公爵の前で』です。述語『脱いだ』の場所(どこで脱いだのか)を補足説明しています。少し長いですが、これでひとつの補足であると私は考えます。
 ふたつめは『ドレスを』です。述語『脱いだ』の目標(何を脱いだのか)を補足説明しています。
 述語と補足をカギカッコで区分すると次のようになります。
>>『毛嫌いしていた公爵の前で』『ドレスを』『脱いだ』
 これはつまり、
>>『補足その1』『補足その2』『述語』
 という構造ですね。

 次の文章。似たような構造なので分かりやすいと思います。

>>逃げ出した奴隷娼婦を用心棒が追いかけた。
 述語は『追いかけた』です。
 今回も補足はふたつ。
 ひとつめは『逃げ出した奴隷娼婦を』です。述語『追いかけた』の目標(何を追いかけたのか)を補足説明しています。
 ふたつめは『用心棒が』です。述語『追いかけた』の主語(誰が追いかけたのか)を補足説明しています。主語であることは さして重要ではありません。文章を構成する要素は述語と補足だけと定義していますので、主語は あくまでも ひとつの補足でしかないのです。
 述語と補足をカギカッコで区分すると次のようになります。
>>『逃げ出した奴隷娼婦を』『用心棒が』『追いかけた』
 つまりは先ほどと同じく、
>>『補足その1』『補足その2』『述語』
 ということです。

 このように構造を分析する必要が何故あるのかは、次の文章で分かります。

>>私は海賊が拉致した貴族令嬢を買い取った。
 述語は『買い取った』です。
 補足は、今までと同じでふたつ。
 ひとつめは『私は』です。述語『買い取った』の主語(誰が買い取ったのか)を補足説明しています。
 ふたつめは『海賊が拉致した貴族令嬢を』です。述語『買い取った』の目標(何を買い取ったのか)を補足説明しています。
 述語と補足をカギカッコで区分すると次のようになります。
>>『私は』『海賊が拉致した貴族令嬢を』『買い取った』
 今までと同じで、
>>『補足その1』『補足その2』『述語』
 という構造です。

 前述の二例に比べて三例目は少し読みにくかったと思います。
 原因は補足の長さにあります。前二例は『補足その1』が長いのですが、三例目は『補足その2』が長いのです。
(正確には長さだけではなく、『補足その2』の内部で独自の修飾関係が存在していることも問題なのですが、分かりやすさ重視のため、この記事では単純に「長い」と表現します)

一例目 『毛嫌いしていた公爵の前で』『ドレスを』『脱いだ』
二例目 『逃げ出した奴隷娼婦を』『用心棒が』『追いかけた』
三例目 『私は』『海賊が拉致した貴族令嬢を』『買い取った』

 文章を読んで理解する時は、誰もが無意識のうちに文章構造を把握しています。そうでなければ読解は不可能です。
 そして、文章を左から右へ(縦書きなら上から下へ)読んでいく際、たとえば一例目の場合、『毛嫌いしていた公爵の前で』という文を読んだ時点で、「1文字目からここまでは場所の説明だな」と読者は理解して、それを前提としながら次の文を読んでいきます。
 問題なのは、この前提が確定事項ではないことです。文章構造が分かり辛くて『補足その1』の範囲を断定できないこともありますし、後ろに続く文章次第で『補足その1』の範囲が変わることもあります。
 未確定の前提を頭に入れつつ読むのですから、後半の文は読解の負担が大きくなります。
 ただ、一例目と二例目は『補足その2』が短いので、『補足その2』がどこからどこまでなのかを考える必要はなく、それほどの負担にはなりません。
 これが三例目だと話は違ってきます。
 最初に『私は』を読んだ時点で、「これが主語だな」と読者は理解します。そして、『私は』を頭に入れながら後ろの読解に取り組みます。
 『補足その2』が短ければ問題ありませんが、三例目の場合は長いので、『補足その1』の内容を頭に入れながら『補足その2』がどこからどこまでなのかを判断する必要があり、読者の負担となります。

 ではどう書けば良いかと言いますと、三例目の場合は単純です。
 『補足その1』は短いのですから、順番を入れ替えてしまえば解決です。
>>私は海賊が拉致した貴族令嬢を買い取った。
 ↓
>>海賊が拉致した貴族令嬢を私は買い取った。
 これだけです。
 区切りを入れると、
>>『私は』『海賊が拉致した貴族令嬢を』『買い取った』
 ↓
>>『海賊が拉致した貴族令嬢を』『私は』『買い取った』
 こうなります。
 『補足その1』を頭に入れながら読むべき文は、『私は買い取った』という単純な構造だけになり、読解の負担は最小限で済みます。

 順番を入れ替える他にも解決策はあります。
 読点(テン)で文章に区切りを入れるのです。
 三例目の場合はこうです。
>>私は海賊が拉致した貴族令嬢を買い取った。
 ↓
>>私は、海賊が拉致した貴族令嬢を買い取った。
 『補足その1』と『補足その2』の間がここであることをテンで示しています。これにより、『補足その2』の開始地点が明確化します。
 読者が意識的にそう読み取ることは ほぼ無いでしょうが、無意識下の構造把握を補強する効果はあるでしょう。たぶん。
(正直なところ、論理的に正しかったとしても、それが読者にどこまで伝わるものなのか、私には全く確信がありません。ただ、『日本語の作文技術』の著者は、その辺りに関する不安を感じていないようなので、私の考えすぎと言いますか、心配するようなことではないのかもしれません)

 さて次は、補足そのものに注目してみます。
>>『私は』『海賊が拉致した貴族令嬢を』『買い取った』
 この文章の『補足その2』では、『貴族令嬢を』を『海賊が拉致した』が補足しています。貴族令嬢の状況を補足説明しているわけです。
 区切りはこうです。
>>『海賊が拉致した』『貴族令嬢を』
 そして、『海賊が拉致した』という文中でも、『拉致した』を『海賊が』が補足しています。誰が拉致したのかを補足説明しているのです。
 区切るとこうなります。
>>『海賊が』『拉致した』
 しかしこれらは、あくまで『補足その2』の中でのことであり、『補足その1』の『私は』とは立場が違います。『海賊が』は『拉致した』を補足しているだけで、『買い取った』とは無関係です。(無関係は言い過ぎかもしれませんが、少なくとも直接の補足関係ではありません)

 文章を文節で区切って図にすると下記のようになります。(スマホ版ではズレているかも)

                   『私は』
                    ↓
                 『買い取った』
                    ↑
 『海賊が』→『拉致した』→『貴族令嬢を』

 縦方向の矢印が「述語と補足の関係」です。
 横方向の矢印は「補足の補足」に過ぎません。述語から見れば、横の列は、すべて合わせてひとつの補足となります。
 したがって、『私は』と『海賊が』の立ち位置は全く異なります。何も考えず「私は海賊が~」と並べて書いてしまうと読みにくくなることが、この図を見ると良く分かると思います。
 もはや言うまでもないことですが、『私は』と同じ立ち位置なのは『貴族令嬢を』です。

 次に、『補足その2』をひとつの固まりに戻してみます。
 下図の矢印は、すべて「述語と補足の関係」を表しています。

       『私は』
        ↓
     『買い取った』
        ↑
 『海賊が拉致した貴族令嬢を』

 ではこれを横一列に並べます。
 下図の矢印も、すべて「述語と補足の関係」を表しています。

    →→→→→→→→→→→→→→→→
   ↑                      ↓
 『私は』『海賊が拉致した貴族令嬢を』→『買い取った』

 最初の順列ですと、このように、『私は』と『買い取った』の間を長い矢印で繋がなければなりません。
 そこで、先述した補足の入れ替えを適用します。

                  →→→→→→
                 ↑         ↓
 『海賊が拉致した貴族令嬢を』『私は』→『買い取った』

 矢印の長さが最小限になりました。その分だけ読解の負担も減っています。

 ついでに他の例も図にしておきます。
 一例目と二例目は最初から適切な順列なので、矢印の長さも元から最小限です。

 『毛嫌いしていた』→『公爵の』→『前で』
                       ↓
                     『脱いだ』
                       ↑
                     『ドレスを』

                  →→→→→→→
                 ↑         ↓
 『毛嫌いしていた公爵の前で』『ドレスを』→『脱いだ』

 『逃げ出した』→『奴隷娼婦を』
              ↓
           『追いかけた』
              ↑
           『用心棒が』

               →→→→→→→→
              ↑           ↓
 『逃げ出した奴隷娼婦を』『用心棒が』→『追いかけた』

 別の話題に移ります。
 これまで説明したように、『補足その1』と『補足その2』は、『述語』を補足説明しているという点で同格の立場であり、入れ替えが可能です。
 しかしながら、並び順を決定する際には注意が必要です。補足自体の長さはもちろんですが、注意すべきことは他にもあります。

 たとえば二例目。
>>逃げ出した奴隷娼婦を用心棒が追いかけた。
 仮にこの補足を入れ替えるとします。
>>用心棒が逃げ出した奴隷娼婦を追いかけた。(※間違いの例です)
 短い補足が前に来て、長い補足が後ろに行きました。これにより読みにくくなったわけですが、それとは別に、重大な欠陥を抱えることにもなりました。
 述語と補足で区切ると、
>>『用心棒が』『逃げ出した奴隷娼婦を』『追いかけた』(※間違いの例です)
 当然このようになりますが、『逃げ出した』まで読んだ時点では、『用心棒が逃げ出した』と読み取れてしまいます。
 最後まで読めば本来の意味が分かるとはいえ、それは、文脈を基にして全体の意味を推測しているから(あるいは全体の文章構造を基に判断しているから)に過ぎず、文章を左から右へ順々に理解できているのではありません。
 読者に多大な負担を掛けているわけで、『補足その2』が長いこととは比較にならない大問題です。
 これこそが悪文(分かりにくい文章)の主原因だと私は思います。日本語として間違っているわけではありませんし、最終的に文意は伝わるかもしれませんが、このような文章構造が長文の中で何度も出てくると、読んでいて疲れる文章になってしまいますので、可能な限り避けるべきでしょう。

 今回はこの辺で。

※当ブログ記事内の理論は必ずしも正しいとは限りません。
※私は文法の専門家ではないので、まあどこかしら間違っているのだろうと思います、はい。
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コメント

『没落令嬢の奴隷生活』を遊びましたが、良かったです
このような本を参考に文章を書いていたのですね
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